福島原発事故独立検証委員会の北澤宏一委員長が記者会見で述べたように、東電の撤退を許さなかった点は評価されるべきだと思っている。
東電は撤退すると言っても必要な人員は残すつもりだったと言い訳しているらしいが、それを信用するものはあまりいないだろう。
さて、それではあのとき菅前首相が東電本店に乗り込み、断固たる姿勢で撤退を阻止していなかったらどうなっていただろうか。あまり想像したくないし、専門知識も持ち合わせていないので詳しく言及しないが、相当悲惨なことになっていたことは確かだ。
しかも、そんな事態になったとしたら、東電や原子力安全・保安院や原子力安全委員会はきっと、
「あそこに作業員を残してももう打つ手はなかった。退避は人命尊重のためにやむを得なかった」
とかなんとか言って一致団結して居直るか、お互いに責任をなすりつけあったに違いない。
現場作業員が踏みとどまり、事故収束とまではいかなくても(野田首相と私の認識は違う)、かろうじて原子炉をコントロールするところまで持っていった現在の姿は存在しなかったわけだ。
だから私はこの「撤退阻止」だけは菅前首相の英断だったと思っている。もしそのために、現場作業員に何かがあったら厳しい批難・批判を一身に負うくらいの覚悟はしていただろう。
その後のドタバタや情報の隠蔽、スタンドプレーの数々、首相辞任後にいきなり呑気にお遍路に出かけてしまったことなど、いただけない部分はてんこ盛りだが「撤退阻止」だけはファインプレーと評価したい。
だけど自分で言っちゃダメだよね。
もともとファインプレーというのは目立たないものなのだ。優秀なプレーヤーはファインプレーを連発しているのだが、いとも簡単にやってしまうので見ている人はよくわからなかったりする。ときどきわかりやすいファインプレーをしたときだけ観客は気づく。そういうものなのだ。
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