2013年12月11日水曜日

最もわかりやすい「特定秘密保護法」(2)メディア・知識人たちの失敗

「特定秘密保護法案」が衆議院で可決される頃(11月26日)、この法案に反対する世論が一気に高まってきたかのような錯覚を覚えた時期があった。

朝日新聞を筆頭にマスメディアの大半が一斉に法案に対する危惧を伝え出し、日弁連やペンクラブ、学者、市民団体などが、それに呼応するように法案に対する懸念を表明したからである。しかも国会周辺では、連日のようにデモや集会が行なわれた。

与党が衆参で安定多数を保持している以上、法案の成立自体は防げなくても、「恣意的な運用の回避」「秘密にしておける期間の短縮」などについては、ある程度の修正を勝ちとることができるのでは、と期待をいだかせる勢いだったわけだ。

だが驚いたことに、法案はほとんど与党(および官僚)の思惑通り、いや思惑以上の非常に好ましい内容(もちろん与党や官僚にとってという意味である。私は特定秘密保護法に強く反対する立場である)で成立してしまった(と私は考えている)。あれほど、マスメディアが騒ぎ立て、世の中に影響力を持つであろう知識人たちが声を上げたのにもかかわらずである。

いったいどうしてこのようなことになったのだろうか。今回のことで私は、はっきりと従来のマスメディアと世論の関係が変化していることを感じた。何が原因で、どのように変化しているのか、この気になる問題を私なりに少し考えてみた。

最初に、最も早い時期から法案に反対していた田原総一朗氏が、法案成立後反省の弁を述べている。その事例について考えてみよう。以下にリンクを貼っておくので、興味のある方はご一読を、興味のない方は無視していただきたい。

悔やんでも悔やみきれない、特定秘密保護法案

田原氏の言いたいことをとても簡単にまとめると、法案のいろいろな欠点をあれこれ言い立てたが、肝心なことへの言及が弱かった。だからダメだったということを述べている。どうやら田原氏は、「特定秘密保護法案の成立したことで警察・公安による治安強化が始まり危険である」ということを問題視しているようだが、それを言い立てたところでやはり世論は動かなかっただろう、氏の反省はピントがずれていると私は感じた。

続いてはマスメディア代表、朝日新聞の記事についてである。

暴走、1強国会 首相不在、雑な審議 秘密保護法案
(秘密保護法案)「いったいどんな国にしたいのですか」 山田洋次監督

今回の特定秘密保護法案に関して、朝日新聞は徹底的に反対し続けた。ちょっと過剰とも思えるほどの勢いだったが、残念ながらそれはほとんど読者には伝わらなかったようである。それもそのはず、第二次世界大戦前の治安維持法やら報道の自由などを持ち出して、法案の危険性を必要以上に拡大解釈して伝える姿勢は、法案に反対という同じ立場にいる私でさえ疑念を感じるものだったからだ。

また、国会周辺では連日のようにデモや集会が行なわれた。

国会周辺 市民団体などが抗議活動

デモの現場に実際に行ったわけではないのでメディアを通して受けた印象に過ぎないが、多くのデモ参加者は法案の廃案を求めていたように感じた。「正しいのは自分たちであり、法案は全面撤回すべき」というわけだ。自分の意志を何らかの形で表明することは大切だが、私はデモや集会などで一方的に「反対、反対」と大声を上げる活動が、必ずしもいい活動であるとは思わない。ツイッターやフェイスブック、ブログなどでいろいろな人の考えを見ていると、思いのほかデモや集会に否定的な意見は多い。もちろんそれらの活動が有効な場合もあるとは思うが……。

最後に、香山リカ氏のツイッターでのぼやきを紹介しておく。

秘密保護法に反対してる人がみなキライだからきっと良い法律

事実かどうかわからないが、ネット上にはきっとこんな人もいるだろうなと思う。これからは、知識人も上から目線で一方的な意見を言うだけでは指示を得られない。どう自分の意見を伝えるか、常に工夫することが求められている。

結局、著名なジャーナリストの発言も、マスメディアの集中報道も、著名人・知識人の訴えも、デモや集会も、大衆の心を強く揺さぶることにはならなかったようである。では、どうして大衆に伝わらなかったのだろうか。

それは、大衆にわかってもらうための努力と工夫が足りなかったのだと思う。

今回のような、将来こうなる危険性があるよという話は、いいも悪いもどちらも予想に過ぎない。意見が対立している以上、自分が100%正しいという意見は、ほとんど通用しないと考えた方がいい。実際に前のエントリーで書いたように、特定秘密保護法には有益な部分もある。それにもかかわらず、自らに都合のいい部分ばかりをクローズアップして言い立てるという手法は、今やかえって反発を招くだけなのだ。ネットがここまで進化した社会ではある程度の情報は、スキルさえあればわりと簡単に、ほとんど費用もかけずに手にいれることができる。つまり、嘘やごまかし、手抜きはすぐにばれてしまう。

特定秘密保護法に反対する勢力は、以上のような状況を考えれば法案の廃案を主張すべきではなかった。有効に機能する部分は率直に認めて、危惧する部分を拡大解釈することなく、具体的にわかりやすく適確に指摘していくべきだったのだ。丁寧に、何度も、何度も。

民主主義社会では、最大の権力者は大衆である。その大衆がブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など、自分の意見を簡単に発信できる手段を手にいれたいま、メディアや知識人はもうワンランク上の表現力、伝達力を求められているとキモに銘じたほうがいいだろう。



2013年12月9日月曜日

最もわかりやすい「特定秘密保護法」(1)特定秘密保護法は悪法なのか

特定秘密の保護に関する法律(特定秘密保護法)」は悪法なのか?


朝日新聞や多くの知識人と言われる人たちがこぞって反対した「特定秘密保護法」だが(筆者も現行の内容には強く反対という立場である)、果してそれほど悪法なのかどうか、いま一度、冷静かつ客観的(← できるだけね)にしっかりと考えてみたい。

特定秘密保護法のメリットはなんだろう?


【メリット1:守るべき機密がしっかりと守られるようになる】
国には、国民にも一時的に隠しておかなければいけない機密が存在することに異を唱える人はあまりいないだろう。それを保護する法律ができたということは、いままで以上に大切な機密はしっかりと守られることになる。したがって、日本の防衛力(テロ対策も含む)はより強化されるだろう。

【メリット2:良好な関係にある友好国との情報共有がより行ないやすくなる】
日本がスパイ天国であったかどうかは別として、日本と共有したい情報を持つ友好国は、より安心して機密情報を日本と共有できるようになる。その結果、日本の防衛力(テロ対策も含む)はこのことによってもより強化されるだろう。

つまり特定秘密保護法ができたことによって、日本の安全性はより高まることになる。これはほぼすべての人にとって望ましいことだと思う。


これはメリット、デメリット?


【その1:米国(その他の友好国)との関係がより強固なものとなる】
安倍政権はいま、特定秘密保護法と前後して、武器輸出三原則や集団的自衛権の見直し、原発のベース電源化などに着手している。特定秘密保護法が成立したいま、これらを実施することにより日本は、ロボット兵器や化学兵器の開発、情報技術を利用したスパイ行為、核関連技術の開発、海外での戦闘行為などを米国やその他の友好国と共に、国民に詳細を知らせることなく実行できるようになる。むろん日本の先端技術を持つ企業を巻き込むこともできる。もしかするとこれは、経済的には日本にメリットをもたらすのかもしれない。だが、そのような行為は絶対に受け入れられないという人々も多いだろう(筆者の立場は後者である)。また、メリットのところで日本の安全性が高まると書いたが、今後の世界情勢によっては米国とその友好国の安全性がテロリストなどによって脅かされる可能性が高まることは否定できない。米国との関係が緊密になればなるほどテロリストの脅威は増すことになるのかもしれない。

【その2:米中の接近を阻むことができる】
中国はいま、米国との関係を良好なものとし、アジアにおける自らの覇権をより強固にしていきたいと考えている。「その1」で書いたように日米関係がより緊密なものになることによって、その中国のもくろみは崩れる。これは一見、日本にとってメリットであるように思えるが、中国にとってはますます日本が邪魔ものとしての存在感を増すことになる。対中国外交を考える時、これがメリットなのかどうかは疑問である。

特定秘密保護法のデメリットはなんだろう?


【デメリット1:恣意的な運用を防ぐ手立てがない】
最大のデメリットはなんといっても恣意的な運用を防ぐ手立てがないことである。そのうえ国民は、何が秘密になっているかを知ることさえできない。もちろん官僚たちがなんでもかんでも秘密にするわけではないだろう。しかし、都合の悪いこと、組織のミス、幹部のミスなどはまちがいなく秘密とされるだろう。これは性善説、性悪説の問題ではない。人間の心は弱いという観点に立ってものごとは考えなければいけない。このようなすこぶるあいまいな法律をつくれば、機密でもなんでもないたんなる不都合な情報が秘密指定されてしまうことは確実である。むろん、私が事務次官クラスの官僚なら都合の悪いことはすべて秘密にする。

【デメリット2:秘密にできる期間が長く、闇から闇に葬られる可能性がある】
特定秘密保護法では、5年、30年、60年という期限が設けられているが、内容によっては永久に秘密にしておけるという抜け道も用意されている。国の情報はどんなものでも最終的には国民のものである。しかも長期間秘密にしておきたい情報は、必然的に重要情報に決まっている。それを闇から闇へ葬ることができるというのは明らかに大きなデメリットである。

さて残念なことに、法律はすでに成立してしまった。だが、冷静に考えればこの法律にはメリットも十分にある。ということはデメリットの部分をなくせば悪法ではなくなるということだ。

簡単ではないが、あきらめずに働きかけていきたいと思う。



2013年11月28日木曜日

社会できちんとした人間教育を受けられないと気の毒なことになるという話

私は営業職というわけではないのだが、どういうわけか昔から営業も兼務していた。まぁ、零細企業ではよくある話である。当然、いろいろな顧客のところへ行くわけだが、その客先でいつも感じていたことがある。

それは、人間教育をしっかりやらない会社に入った人は気の毒だな、ということだ。あっ、間違えないで欲しいんだが、私が言っているのは“社員教育”ではなくて“人間教育”である。

普通、従業員を雇う会社なら、大きかろうが小さかろうが会社の仕事をしてもらうための手順や、その会社における最低限のルール、マナーのようなものは教える。そうしないと使いものにならないのでね。ようするにその会社の社員のための教育、つまり社員教育である。だから、この社員教育に関しては、ほとんどの会社がきちんと実行する。

だが、会社の仕事に直接関係ないことまできちんと教えるかどうかは、企業によって大きく異なる。

わかりやすい例をひとつ上げると、たとえばこんな具合だ。零細企業の営業はときどき配達員にも変身する。そうすると、取引先の普段行かない部署などに品物を持っていったりするわけだ。で、ときどきひどい扱いを受けることがある。

「すみません、納品にうかがいましたぁ」と声をかけても、広いオフィスにいる数十名の社員が誰も応対してくれないとかね。
「そこに置いといて」とか、あごで指示されたりね。
最後に「ありがとうございました」と言っても、だ〜れも返事してくれないとかね。

わりと丸の内あたりのでっかいビルにご本社がある、一部上場、超有名会社にこういうケースは見られたりする(そういう会社けっこう何社もあったなぁ)。

思うんだけど、これは社員うんぬんではなくて、人としてどうなの、というレベルの話だ。

誰かが来たら、できるだけお待たせしないのは普通の心遣いだと思う、来たのが誰であっても。まぁ、普通の家なら相手が押し売りかもしれないから、ドア越しの応対でもいいし、のぞき穴からのぞいて、あまりにも怪しい風体だったら無視しても仕方がないこともあるだろう。しかし、オフィスに来た配達員無視ってのは理解できないし、「ありがとうございました」の言葉に「ごくろうさま」のひと言も返せない社員がいたら、私がその部署の上司なら激怒レベルの大ごとだ。

まぁ、これはほんの一例であって、知らず知らずに犯している礼儀知らずや恥ずかしい行ないは他にもたくさん見聞きする。それに最近は、上っ面だけ取り繕っている会社も見かけることが多くなった気がしている(上っ面だけ取り繕ってもメッキはすぐハゲ落ちる)。

ついこの間、初めてお伺いする会社に行って、久し振りに理解不能な応待をされて驚いたのと同時に、そういう“人間教育”をきちんと受けることができないというのは、とても気の毒なことだなぁと思った次第である。

2013年9月14日土曜日

Google+ の埋め込み機能について

Google+ の投稿をブログやサイトに埋め込みができるようになったらしい。

で、試してみたい。



なるほど簡単である。
+1もBlogger上で押すことができる。 こうなると、Google+ の使い方が変わりそうである。

2013年8月24日土曜日

戦術上の誤りやためらい

人はなぜ失敗するか。
そのひとつのパターンに以下のようなものがある。

『キッシンジャー秘録(1)ワシントンの苦悩』p.22 より引用
〈もっとも偉大な大統領の一人になったかもしれない男が、その目標を達成できなかった。これを知ることは、その友人たちにとっては、いっそう辛いことだった。なぜなら、われわれは戦術上の誤りやためらいがなければ、結果が違うものになっていたことを、内心では知っていたからだった。〉
※もっとも偉大な大統領の一人になったかもしれない男……ネルソン・ロックフェラー(1908年7月8日 - 1979年1月26日)のこと。

どんなに高尚な目的を持っていても、戦術に誤りがあればうまくいかない。しかしそれよりも、もっとはるかに問題なのは、目標が高ければ高いほど、目的が高尚であればあるほど、人物が高潔であればあるほど、実行に「ためらい」が生じるということだ。

事を成そうとするものは、馬鹿になり切らなければけっして成功しない。良識から生ずる「ためらい」に成功を妨害させてはいけない。

2013年7月21日日曜日

今回の参議院選挙は、個人的には野党選択選挙だったのだが……

公示日から投票日の間に何らかの動きがあって、「自民党大勝という雰囲気から潮目が変わり、混戦模様にならないだろうか」と密かに期待していたのだが、残念ながら何事も起こらず投票日を迎えてしまった。

ということは、大方の予想通り自民党圧勝という結果になるだろう。

したがって夜の選挙特番を見る際の注目点は、以下のようなことになる。

・自公でどれだけ勝つか。
・野党の勢力図はどうなるか。
・消滅の危機に瀕している政党はどうなるか。
・民主党は消滅危惧政党の仲間入りをするのか。

私はもともと何か大きな問題が起こらないかぎり、今回の選挙で自民の勝利は揺るがないとあきらめていた。自民党を支援しているわけではないが、昨年末の衆議院選挙以降の半年、安倍政権は大きなミスをすることなく政権を担ってきたことは事実だからだ。

だが、自民党一党支配になってうまくいくとは到底思えない。どうしても政権を厳しく監視し、ブレーキ役になる野党勢力が必要になる。

果して、今回の選挙でそのような野党勢力ができるのかどうか。やはりその点に一番注目したい。

2013年1月10日木曜日

20130109_今年は馬鹿・愚鈍・無能・野暮で行く

いろいろ考えた結果、今年は「馬鹿・愚鈍・無能・野暮」で行くことにした。

ようするに、素のまま、ということだ。

何ごとにおいても飾らず、ごまかさず、まっすぐ突き進むと私の場合「ばかで、ぐどんで、むのうで、やぼ」な奴になる。

何でこんな阿呆な年間目標を立てたかというと……。私はかれこれ30年以上仕事を続けてきた。その結果どうも、有益なスキルだけでなく、副産物として妙なテクニックを身につけ過ぎたような気がするのだ。

知りもしないことを知っているようなふりをしたり、できもしないのにできるように見せかけたり、必要以上に安くしたり高くしたり……。

はっきり言って世の中上を見れば切りがないし、下を見ても切りがない。この無能な私でも騙せる相手はたくさんいる。しかし、騙せない相手はそれ以上にたくさんいる。

で、どちらかと言うと(しかも多くの場合)騙せない相手の方が自分にとっては大切な人たちなのだ。

どうせ騙せないのなら、妙なテクニックは無用だろう。

さて、どういうことになるか……、けっこう楽しみである。

2012年12月27日木曜日

20121227_原発に関する自民党の動き

選挙前から自民党は、原発をある程度は維持し利用していくという考えを表明していたから、茂木経産相の以下のリンクにおける発言は、当然予想できたことである。

茂木経産相:「原発新増設せず」白紙 安全確認し再稼働

だが、私のように可能な限り早く原発ゼロを実現させたい「脱原発派」としては、このまま黙って自民党の政策を追認していくわけにはいかない。……とは言え、ただ「反対、はんた〜い」と言い続けても、世論は思う方向に動いてはくれない。

問題なのは、「原発推進派」と「脱原発派」のどちらが正しいか、ではない。個々人が何を重視するかによって、導き出す答えが異なるのは当たり前である。問題を単純化して言うなら、安全を重視すれば「脱原発」が正しいし、短期的な経済の安定や原発周辺の社会システム維持を重視すれば「原発推進」が正しい答えになる。

また近い将来、安全面、放射性廃棄物処理においても、多くの人が納得できるレベルの原発技術が開発できれば「原発推進」が正しい選択になる。反対により早く自然エネルギーによる発電システムが、発電量やコストで原発を凌駕(りょうが)すれば、「脱原発」が正しい選択になる。両方がほぼ同時期に実現すれば、共存ということになるだろう。

残念ながら現段階では、どちらが正しい選択かはわからない。

しかし、われわれは進むべき道を選ばなければならない。「そんなことは政治家や官僚に任せておけばいいじゃないか」という国民の無責任な行動が、あの福島第一原発事故を引き起こした要因の一つであることを忘れてはいけない。さまざまな情報を自分なりに収集し、考え、自分が正しいと思う答えをしっかりと持たなければいけない。

そしてそれを、できるだけ多くの人に伝えて味方につけなければいけない。それが民主主義のルールだ。

まずは来夏の参議院選挙に向けて、なぜ「脱原発」なのか、自分なりに発信を続けていこうと考えている。

20121224_白川郷のマイカー乗入れ規制

世界遺産で有名な白川郷がマイカーの乗入れ規制をはじめるらしい。

白川郷:観光客のマイカー乗り入れ規制へ 自治会が決定

車嫌いである私としては、全面的に支持したい。

むろん、車嫌いと言っても現代社会に生きている以上、まったく車を使わないというわけにもいかず、緊急時やどうしても必要なときには私も利用させてもらっている。だいたいバスなどの公共交通機関を含めて月に2回以下、年に20回ほどだろう。まぁ、あちこち出歩く者としては、少ない方だとは思う。

もちろん宅配便や郵便は利用するし、いろいろなところで買い物もするから、物流の面で少なからず車の恩恵にあずかっていることも承知している。

以前、高齢の父が夜中に具合が悪くなったときには、どうしようもなくて救急車のお世話になり、このときばかりは車という便利なものが存在していることに感謝した。

もう少し言えば、自分自身かなりの期間、仕事で車を利用していたし、マイカーを所有していたことさえある。

だが、どうしても車を好きになることはできなかった。

できるだけ車に乗らないようにしようと、意識してやりだしてからもう7年ほど経つが、ほとんど不都合はないので、当分の間、この車嫌いは続けていこうと思っている。

2012年12月15日土曜日

20121215_第46回総選挙前日所感

選挙のたびに思うのだが、その時どきの争点に関し、自分の考えとぴったり同じという政党や候補者はなかなか現れない。

もし、「どの争点も妥協できない、自分の意見をなんとか押し通したい」と考えているなら「お前が立候補しろよ」ということになるだろう。そこまでやる覚悟がないのなら、ある程度の線で妥協するしかない。

さすがに政治家になるつもりはさらさらないので、今回も、争点に優先順位をつけて各政党を採点したり、実際に当選した場合の実行力はどうか、などという点を判断材料にして、最も私の考えに近い政党、候補者を選ぶことにした。

優先順位の高い争点は、「経済政策」「原発・エネルギー問題」「行政改革」の3つである。

判断材料とする情報は、政党自らが出している公約・マニフェスト、マスメディア、インターネットなどから主に得たものだ。

民主党のマニフェストにも一応目は通したが、マニフェストとは正反対のことを行なったり、発言した言葉とは異なる行動を平気でとったり、野田党首が虚言癖があるように思えるなど信用できない部分をたっぷり見てきたので鵜呑みにすることは避けた。

他党の公約等についても、選挙対策として言ってるだけと思えるものは無視したり、自分なりの解釈に置き換えた。

そんな具合でじっくり検討した結果、公約としては「みんなの党」のものが最も共感できると感じた。

しかし、残念なことにみんなの党は、今回の選挙でも政治を動かせる勢力にはなれそうもない。党首の渡辺喜美が世論を動かすほどのカリスマ性を持ち合わせていないのだ。考え方がしっかりしているからある程度議席は増やすだろうが、今回もそこまでだ。よってみんなの党には来年の参議院選挙か、その次の総選挙の時に期待したいと思う。

共産党や社民党、新党日本、新党改革などはほんの数議席を維持できるかどうかというレベルなので、これも除外した。共産党や社民党などは、ここのところずっと国民に相手にされていない状態が続いている。選挙時にどんなに威勢のいいことを言っても、結局は何も実現できないのだからまるで存在価値がない。そろそろそのことに気づいてもらいたいものである。

マスメディア各社が行なっている事前調査では今回、自民党が圧勝しそうな勢いだという。

しかし、原発推進、公共投資ジャブジャブ、無制限金融緩和という自民党には到底政権はまかせられない。たぶん自民党と連立を組むであろう公明党は、安倍自民がまかり間違って暴走をはじめた際のブレーキ役が期待されるが、自民圧勝の際はあまり機能しないだろう。

日本未来の党はどう見てもその内実は、小沢新党である。脱原発に向けては頑張るだろうが、財源その他、政策の実行性には大きな疑問符をつけざるを得ない。

そんな風に考えていくと、結局残るのは日本維新の会である。暴走老人の石原慎太郎が代表である点は心配だが、公約(維新八策と骨太2013-2016)はみんなの党の次に説得力のある内容だった。

いまのところ当選者数も自民、民主の次を期待できそうである。

選挙後に自民党と協力して憲法改正や軍備増強に突っ走る一味になる危険性ははらんでいるが、原発や経済政策その他でいいブレーキ役を果す可能性もある。まぁそれは党内で石原と橋下のどちらがイニシアチブを握るかで決まることだろう。

ということで今回は、若い橋下に賭けてみようと思う。

ダメなら来年の参院選で民意をくだせばいい。

まぁ、実際は今回の選挙の結果、どのような勢力図になるか、そしてその結果を受けて政治がどのように動いていくかはまだわからない。有権者ができることは自分の思いを込めた1票を投じることだ。

投開票日前日の所感である。

2012年12月14日金曜日

20121214_極私的第46回総選挙資料

第46回総選挙の投票日が明後日にせまっている。

今回の選挙の争点など、記録に残しておきたかったので公約をまとめた私的な資料を作ってみた。タイトルにあるように極私的な資料なので、たまたま見てしまっても内容を信用しないようにしていただきたい。まぁ、個人ブログの内容を信じる人もいないだろうが、一応断っておく。

私自身の政治的な立ち位置は、いわゆる無党派層である。と言っても、友だちに頼まれたからとか、有名人だからとか、優しそうな顔をしているからという理由で一票を投じる人を選んだりはしない。その時どきの争点、公約を吟味して、よかれと思う候補者を選んでいる。だから過去自民党にも(ちょっと古いが)社会党にも一票を入れたことがある。

ちなみに郵政選挙のときは、郵便局のあきれた実態に憤っていたので自民党に入れた。政権交代選挙のときは、民主党は信用ならないと思っていたのでみんなの党に入れた。今回は……、まだ悩んでいる。

そういうわけで、以下のリンク先にあるような公約比較資料を作ってみた。何度も言うが、極私的な資料なので各政党自身が公開している公約とは微妙に異なる内容となっている。

特に民主党に関しては、政権運営の中で発言と行動が乖離(かいり)することが目立っていたこと、前回の公約をきちんと守る努力を怠った(特に消費税問題において守ろうと努力したが守れなかったというのではなく、守ろうという努力もしなかったというのが問題)ことなどから厳しい味方をしている。

争点としては、勝手に以下の10項目を上げた。
 1.経済政策
 2.原発・エネルギー問題
 3.社会保障問題
 4.TPP
 5.外交・安保・基地問題
 6.東日本大震災復興関連
 7.行政改革
 8.政治改革
 9.消費税増税
10.情報公開

1〜9までは、各政党のマニフェストなどでもほぼ取り上げられているので違和感はないと思うが、最後の「10.情報公開」というのに首をかしげる方もいるかもしれない。

だが、福島第一原発事故の発生から現在までの経緯を見ていて、つくづく感じたことがある。この国の統治システムがうまく機能しないのは意味のない秘匿主義がはびこっているからなのだ。原発事故による放射性物質の放出にしても、政府はパニックを恐れたのだろうが事実は隠された。たとえパニックの怖れがあったとしても、私は事実を速やかに公表すべきだったと考えている。事実を公表して避難誘導のために自衛隊や機動隊を頼っても、結果的には数名〜数十名がパニックが原因で亡くなったかもしれない。そうなったときは、政府はその責めを受ければいい。一国の政権を担うというのはそういうリスクも含めてのことなのだ。パニックを防ぐ、出来得るかぎりの手を打ってなお、防ぎきれずに犠牲者が出たとしたら、非難はするがここまでの憤りは感じないだろう(むろん自分の家族が犠牲になったら別だが)。だが、事実を伏せて政府が勝手な判断を下すことを私はどうしても許す気持ちになれない。一斉に非難しようとする群衆を恐れ、放射能を浴びながらしばらく留まるか、運を天に任せて群衆とともに非難するかは、自分で決めたいのだ。

そこまで大きな問題でなくても、我が国には政府や行政によって秘匿されている情報が山ほどある。それを情報公開すれば多くの問題が浮き彫りになり、解決のための手段を講じることができるようになるだろう。

個人的にそんな思いが強かったので争点の10番目として「情報公開」を入れたわけだ。

それともう一つ、今回総選挙に出ている政党は12党あるらしいが、取り上げるのはこれからの日本の政治に多少なりとも影響力を持つと思われる7党に絞った。

この表をじっくり眺め、政党に点数をつけたりしながら、明後日まで悩んで、これからの4年間を託す投票先を決定したいと思う。

第46回総選挙 公約比較表

2012年12月7日金曜日

20121207_野田内閣の実績(3)

野田内閣の政治手法を見ていくと、ある特徴的な手法が見えてくる。

「大飯原発再稼働」「オスプレイ」「放射性廃棄物中間貯蔵施設」「TPP」など、国民の理解を得にくい問題については、まず、できるだけ情報を出さないようにして問題を放置しておく。

むろん、形式だけのいい加減な会合くらいは定期的に開くが、政府の方針を国民に理解してもらおうという努力は一切しない。そんなことはどうでもいいことだからだ。いや、むしろ国民にきちんと理解してもらっては困るからと言った方が適切だろう。

その後、国民の反感が多少収まった頃合いを見計らって、「丁寧な議論を積み重ねた結果である」などと言いながら物事を強引に決定してしまう。実に不誠実極まりない手法である。

さらに必要であれば「責任を持って」などと取れもしない責任を平気で口走ったりもする。

あとはどんなに国民が反発しても、「丁寧な議論の結果である」「政府の責任で」などと言って逃げ切ってしまう。ここまで露骨にやると、まさに政治手法としては最低最悪の部類に入る禁じ手であると言わざるを得ない。

税と社会保障の一体改革関連法案にしても、国民不在の強引な手法で決められてしまった。もともと消費税の増税は既定の路線だった。多くの国民が近い将来、消費税率がアップすることはやむを得ないと考えていたことは各種世論調査で判明している(一応根拠として一つだけ報道ステーションの調査を上げておく)。

それを増税前の(無駄の削減などの)手順を省き、「待ったなし、待ったなし〔お前は相撲の行司かと何度も突っ込みたくなったが……(笑)〕」と、なんとかの一つ覚えのように唱え続けて強引に推し進めようとしたから多くの国民の反発を買ったわけだ。

その一方でIMFなどに大盤振る舞いをしているのだからあきれてモノも言えない。

政権末期には東日本大震災からの復興予算が、全く復興とは関係ない事業に使われていたという不祥事まで発覚した。

こうして考えてみると野田内閣は、重要政策においては何一つ成果を上げられず、国民の政治不信を最高レベルまで高めた、史上最悪レベルの内閣だったと評価するしかないだろう。

2012年12月6日木曜日

20121205_野田内閣の実績(2)

2011年12月16日、野田首相は「原子炉は冷温停止状態に達した。事故そのものは収束に至った」と宣言する。

東日本大震災:福島第1原発事故 「冷温停止状態」 首相「事故は収束」
東京新聞:作業員「政府ウソばかり」

上記の記事を見るとわかるが、何の根拠もなく、また福島には(いや、福島に限らず日本中で、だな)この福島第一原発事故のために苦しんでいる人が残されていることに何の配慮もせず、野田首相は「事故そのものは収束に至った」と宣言した。

当然のことだが、この発言は各方面から激しく批判されたが、そのような批判などどこ吹く風といった風情でついに撤回しないまま現在にいたっている。

その収束宣言からおよそ1年たった現在でも福島の現場は、事故の収束にはほど遠い状態にあると考えている人が大勢いる。そのことからも、あの野田首相の「冷温停止、事故収束」発言は、一国の首相としては看過しがたいほど軽率なものだったということがわかる。

ついでに原発関連の野田内閣の実績についていくつか触れておく。

原発関連で最も大きな野田内閣の決断と言えば「大飯原発の再稼働」だろう。むろん、異論はあるだろうが、私はそう捉えている。なぜならあの大飯原発の再稼働がなければ、原発稼働ゼロのまま夏を乗り切り、世論の流れは脱原発へと大きく傾いたと予想できるからだ。

今夏を節電努力などで乗り越えてきた我々は、事実として原発が1基も動いていなくても、猛暑の夏をなんとかかんとか乗り切れたことを知っている。

大飯原発を再稼働するときに野田首相はこんなことを言った。

「突発的な停電が起これば、命の危険にさらされる人も出ます仕事が成り立たなくなってしまう人もいます。働く場がなくなってしまう人もいます。」
むろん、大停電が起きれば多くの人が迷惑をこうむることは確かだ。医療の現場でもいろいろなトラブルが起きるだろう。しかし今年、電力不足ではなく台風や吹雪により日本各地で突発的に大規模な停電が起きたが、野田首相が言うようなことにはならなかった。

また、こんなことも言っている。
「夏場の短期的な電力需給の問題だけではありません。化石燃料への依存を増やして、電力価格が高騰すれば、ぎりぎりの経営を行っている小売店や中小企業そして、家庭にも影響が及びます。空洞化を加速して雇用の場が失われてしまいます。そのため夏場限定の再稼働では、国民の生活は守れません。」
これは大飯原発のみを再稼働すればそれで済む問題ではない。エネルギー政策全体の問題であって、たった2基の原発を動かしただけでは全く意味をなさない問題なのだ。野田首相はそれを大飯再稼働の問題に矮小(わいしょう)化し、持論に都合よく使ったというわけだ。

そして結局こう結論を出した。
「以上を申し上げた上で、私の考えを総括的に申し上げたいと思います。国民の生活を守るために大飯発電所3、4号機を再起動すべきというのが私の判断であります。」

ようするに野田首相は、日本中の原発がすべて停止するという状況を看過できない産業界、官僚、政治家の圧力に屈し、安全をないがしろにしたのだ。

その後のエネルギー政策(2030年代に原発ゼロを目指す)にも、原子力規制委員会の人員の決定にも、国民の意見はほとんど反映されていない。明らかに野田民主党が進めてきたのは原発推進の政策と言える。

つまり、野田内閣の原発関連の実績は原発推進に賛成する人には多いにあったが、脱原発に賛成する人にとっては負の実績しかないということになる。

2012年11月26日月曜日

20121126_野田政権の実績(1)

本人曰く、「決められる政治」を展開した野田政権は、実際にどの程度の実績を残したのか見ていこう。

もちろん、鳩山政権、菅政権同様、誰がやっても結果は同じというような細かい実績は無視して、重要な法案、政治事案、あるいは野田政権の特徴をよく現している出来事に勝手に限定させてもらう。

10月3日野田首相は、建設すべきではないという世論が高まっていた埼玉県朝霞市に建設中の国家公務員朝霞宿舎を視察、安住財務大臣に5年間の建設凍結を指示している。まぁ、これは多くの国民が、震災復興に力を入れて欲しいと考えている最中のことなので、野田政権の実績ととらえる向きもあるかもしれない。

だが、以下のリンクの記事を読むと、2009年11月の事業仕分けで「必要性に疑問が残る」として、いったん計画が凍結されたものを、当時(2010年12月)の財務大臣野田佳彦がどういうわけか凍結解除を認めたものらしい。

朝霞公務員宿舎 建設凍結で調整へ
朝霞宿舎「凍結」でも…すでに森はバッサリ、フェンスで目隠し

そういえばニュースで野田総理が朝霞市の工事現場を視察する映像を見た記憶があるのだが、「建設現場見に行ったって意味ないだろ、そんな暇があるならもっと復興に力を入れてくれ、もし見に行くんだったらもっと被災地に行ってくれ、福島第一原発に行ってくれ」と思ったことを覚えている。

まぁその後、国家公務員朝霞宿舎の建設は最終的には中止(2011年12月)になったので、鬱蒼(うっそう)と生い茂っていた森がすっかり伐採されてしまったことは残念だが、その結果自体についてはよかったと思っている。

2012年11月20日火曜日

20121120_野田政権の概略

野田内閣は2011年9月2日から2012年11月20日現在継続中の内閣である(すでに11月16日に衆議院を解散しているので、総選挙後継続するかどうかは不明である)。

政権獲得後の民主党3人目の代表となった野田佳彦だが、党首選下馬評はそれほど高くはなかった。が、街頭演説で鍛えてきた弁論のうまさが功を奏したのか、あれよあれよという間に代表の座を射止め、第95代内閣総理大臣に就任してしまう。

東日本大震災からの復興、福島第一原発事故への対応、エネルギー政策問題、経済の立て直し……等々、菅内閣がやり残した問題が山積している状態での引き継ぎだっただけに、一抹の不安は感じないでもなかったが、その実直そうな風貌、就任演説などから地味にコツコツと問題を片付けてくれるものと就任当初の期待は高かった。

しかし、震災復興、事故対策など、ほとんどの重要案件に国民から評価される結果を出すことができず、代わりに「社会保障と税の一体改革」を本人曰く「待ったなしの課題(←なんの根拠もなく、野田が言い続けていただけ)」と位置づけるなど、独断専行が目立つようになってくる。

当然のことながら国民の支持率は極端に低下、党内外からの批判も高まったが、頑なに解散も総辞職も拒否し続ける。しかし、2012年11月16日、ついに衆議院解散に追い込まれる。

結局、民主党政権は3人の総理大臣を送り出したが、いまのところ全員1年前後しかもたない短命政権だったという不名誉な結果に終わる可能性が高い。

2012年11月18日日曜日

20121118_菅政権の実績(3)

前回では菅政権の実績を2点ほど上げたが、今回は失政について触れておく。

前にも書いたが、菅直人は民主党内のゴタゴタを収めることができず、2011年3月11日まで目立った成果を何も上げられていなかったことも、大きな失政の一つだろう。

続く3月11日以降の菅政権の災害、事故対応はどうだっただろうか? 正直言ってお粗末なものだったと思う。だが、東日本大震災とそれに続く大津波、そして原発事故という一連の事態は、まさに非常事態であり誰にも予測できなかったことだ。

あまりにも備えが足りなかったために、なす術がなかったというのが本当のところだろう。たぶん首相が菅直人ではなく、ほかの誰かであったとしても数多くの失策を犯したであろうことは間違いない。

だからここでも細かいことには言及しない。ただ、重要と思われる以下の1点のみ上げておく。

まず、情報の秘匿について。もともと日本の官僚がこれほどまでにのさばっていられるのは、不都合な情報を簡単に隠すことができるからにほかならない。菅直人はその悪しき習慣を打ち破る千載一遇のチャンスを逸してしまった。

なぜ、非常時に放射性物質の拡散情報は明らかにされなかったのか。

おそらく、霞ヶ関のお役人たちに菅直人や閣僚はこんなことを言われたのだろう。

(この部分は想像に過ぎないが)「事実を発表すると、住民がパニックを起こして一斉に避難を始めるのでかえって危険です。死者やけが人が多数出る可能性もあります。そんなことになったら不用意に危険を煽ったとして、菅政権が厳しく責任を追求されることは間違いありません。今のところ放射性物質の拡散は、すぐに影響があらわれるレベルではないのでこれは伏せておきましょう」

という具合だ。

確かに非常事態宣言を出し、自衛隊などを出動させたとしても100万人単位の住民を安全に非難させるのは至難の技だ。多数の死者やけが人はでないかもしれないが、何人かの死亡者は出るだろう。だが、そのリスクを負うのが指導者の役目だ。

情報を秘匿は諸悪の根源だ。

菅直人政権は結局、東日本大震災と福島第一原発事故対応以外のことはほぼ何もできず、2011年8月30日に総辞職する。

2012年11月17日土曜日

20121117_菅政権の実績(2)

2011年3月11日以降の菅政権の実績は、すべて福島第一原発事故関連のものである。

むろんここでも特筆すべき点のみを取り上げる。

評価すべき点は、以下の2点である。

まず、東京電力の全面撤退を阻止したことが上げられる。まぁこれは、菅政権の実績というよりも、菅直人元首相個人のファインプレーだろう。
この件に関しては、東京電力は一部撤退と言っただけで全面撤退とは言っていないとする説もある。東京電力の言い分が正しいのか、菅直人の言い分が正しいのかは、以下のリンク先の新聞記事を読んでご判断願いたい。

最悪時は残留10人と「認識」 国会事故調で東電前社長

二つ目は、「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」を成立させたことだろう。

もし、菅直人がこの法律を成立させていなければ、原発に変るエネルギー確保への取り組みは、今よりもはるかに立ち後れていたはずだ。この法律があったおかげで政治がもたもたしているにもかかわらず、再生可能エネルギー導入の動きはなんとか継続している。

2012年11月16日金曜日

20121115_菅政権の実績(1)

菅政権は「最小不幸社会の実現」を目指して誕生した。

しかし残念なことに(民主党代表選を経て誕生したにもかかわらず、それも短期間に2度も勝利したのに)民主党党内のゴタゴタを治めることができず、その対応に追われているうちに2011年3月11日を迎えてしまう。

東日本大震災前の実績を強いて上げれば、2011年9月7日に発生した「尖閣諸島中国漁船衝突事件」がある。

日本の巡視船に、中国籍の不審船が体当たりをしてきた事件である。日本側は中国人船長を逮捕したが、9月24日に突如釈放してしまう。表向きは那覇地方検察庁が独自に判断して釈放したことになっているが、そんなバカな話があるわけがない。当然、政権上層部の判断があったと見るべきである。

この措置は、国の内外に民主党政権が外交的には弱腰であるということを印象づけてしまう。

2012年11月15日木曜日

20121112_菅政権の概略

菅直人の内閣総理大臣在任期間は、2010年6月8日から2011年9月2日までである。

前任の鳩山由紀夫内閣と異なり、菅直人内閣は党の実力者小沢一郎との確執があり、最初から波乱含みの誕生だったと言える。が、ともかく小沢グループが推す樽床伸二との代表選に勝利し、菅直人は総理大臣に就任した。

しかし、就任直後の7月11日に投開票された第22回参議院議員通常選挙でいきなり大敗北(選挙前の54議席を44議席に減らし、参議院で与党は過半数割れとなる)を喫してしまう。おかげで菅内閣は、党の内外からその責任を問われ批判にさらされることとなる。

小沢グループなどは、まるで他党であるかのような風情で菅直人を批判していたが、よく考えるとおかしな話である。

くだんの参院選は政権誕生後、わずか1カ月余りで行なわれた選挙である。総理大臣であり民主党代表でもある菅直人は、その1カ月の間に大きな成果は上げていないが、むろん大きな失敗もおかしていないという状態だ。野党ならともかく同じ党の議員が、そのようなタイミングで行なわれた選挙の責任を、自党の代表である菅直人に押しつけようとするのはどう考えても無理がある。まぁ、形式上は党の代表が責任を問われることはしかたないことだが、それは他党が言うべきことで身内が言うことではない。

参院選敗北は、私の見立てではむしろ、失策を繰り返した前内閣の鳩山由紀夫と金権イメージを身にまとう鳩山(ここでも登場)、小沢らの責任の方が大きい。

続けて菅直人は、党の規定により9月にも民主党代表選を戦うことになる。この代表選には満を持して小沢一郎が出馬する。てっきり「小沢一郎は、背後で物事を操ろうとするタイプであり、総理大臣になって表舞台で活躍しようとはしないだろう」と私は考えていたのでこれは意外だった。

党内の最大派閥を率いる小沢グループと現職菅直人の争いは、接戦になると見られていたが、あにはからんや結果は菅直人の圧勝で終わる。

実は、この代表選で民主党の内部抗争は収まり、菅政権が実力を発揮するのではないかとほんの少しだけ期待した。

だが、秋から冬にかけての菅政権はほとんど何もできずに終わり、あの……3月11日を迎えてしまう。

2012年11月6日火曜日

20121106_鳩山内閣の実績(3)

鳩山由起夫内閣の実績として行政改革の一環である事業仕分け、普天間基地移設問題について見てきた。

だが、10カ月ほど続いた鳩山内閣の仕事として取り上げるべきものは、それ以外にはあまりない。もちろん彼とて遊んでいたわけではないから、細かな政府提出法案は国会でいくつも可決成立している。

しかし、それに言及してもあまり意味はないと思う。たいして大きなニュースにもならず国会で粛々と可決成立するような法案は、誰が総理大臣でも結果は同じところに落ち着く、そういうものだからだ。そのような基準で見ていくと「鳩山だから……」というような実績は、ほかにはほとんど見当たらないのだ。

結局、鳩山内閣は、組閣当初は政権交代の高揚感もあり大きな期待を集めたが、その実行力のなさ、見込み違いによる前言撤回、そんなことばかりが目立ち、急速に国民の支持を失っていく。

最終的には普天間基地移設問題が収拾不可能な状態に陥り、2010年6月8日、首相と民主党代表を辞任するに至る。

私はどちらかというと民主党嫌いであり、鳩山由紀夫も嫌いである。そのため知らず知らずのうちに公正を欠く見方をしているのではないかと思い、再度、ウィキペディアなどで鳩山内閣の実績をおさらいしてみたが、残念なことにやはりつけ加えるべきことは見つからなかった。

初の民主党内閣である鳩山内閣は、何ら実力を発揮することなく不発で終わったということである。