昨日、NHKスペシャル「終戦 なぜ早く決められなかったのか」という番組を見た。
NHKスペシャル「終戦 なぜ早く決められなかったのか」
番組の検証によれば、1945年8月15日より以前に、終戦という決断をするチャンスが幾度となくあったようだ。
しかし、残念なことに陸軍、海軍、外務省など、決定権を持つ高官がそれぞれの立場で持つ情報を共有できず、さらに自己保身、組織防衛、偏見、先入観、錯誤などの負の要因を乗り越えられず、結局、適切な判断を、適切な時期に導きだすことができなかったということらしい。
結果的に終戦は、広島、長崎への原爆の投下、ソ連の参戦後になり、被害はとてつもなく拡大した。番組タイトル通り「終戦 なぜ早く決められなかったのか」と当時の高官を糾弾したいところだが、番組が先に進むにつれて、別なところへ思いが飛んでいった。
「終戦」とは比べものにならないほど小さなことだが、職を賭(と)した問題(個人的問題としては十分大問題と言えるかもしれないが、私にとっては自分の信念を曲げるほど重大なことではなかった)で信じられない経験をしたことがあるのだ。
かなり以前になる。小さな会社でそこそこのポジションにいた私は、とある問題でオーナー経営者と対立した。私の考えが正しいことは明白だった。事実、オーナーを囲む取り巻き連中でさえ私の意見に賛成していた。しかも問題が取り扱いを間違えれば、会社が傾きかねないほどの重要なことだったので、オーナーの暴走を見過ごすことはできなかった。
ところが、問題をどう扱うか決定する会議において、直前まで賛意を表明していたものまで含め、全員がオーナー側についた。つまり会社の経営陣がのきなみ、会社の存亡ではなく、オーナー経営者におもねることを選んだのだ。
どうやら人間というのは、そういう習性を持つ生き物のようである。
まず最優先されるのは「何が正しいか」ではなく「自分にとって何が正しいか」なのだ。正しい行動をとって会社の危機を救っても、そこに自分がいなければ意味はないということだ。
昨日「終戦 なぜ早く決められなかったのか」を見て、一個人の職業の問題ではなく、国の存亡、数十万という人の命に関わる局面においても、同じような考えがまかり通ると感じ驚いた。
そしてもう一つ。正しいことを言っても、必ずしもそれが役立つわけではないということも感じた。御前会議のときにソ連参戦の可能性があることを、軍部代表が進言したとしたらどうなっていたであろうか。むろん急速に終戦へと事態は進んだかもしれないが、進言した者が他の人から集中攻撃を受けて、権力の座から追放されただけかもしれない(オーナー経営者を敵に回した私がそうだった。まぁ、私の場合はそうなる前に自分からとっとと辞めてしまったのだが)。
まぁ、いまとなってはそこまで検証することは不可能である。
結果がどっちだとしても、自己保身や何やらのために平気で真実を曲げる輩は最低だが、バカ正直に正面突破をはかって玉砕する者も利口とは言えないといまは考えている。
重要な局面では、目的を達成するための柔軟な心と戦略を持つものが必要なのだろう。
そして、そんな人は滅多にいない。
2012年8月16日木曜日
2012年8月15日水曜日
20120815_終戦記念日に思うこと
一年に二度、平素と違う心持ちになる日がある。
正月と終戦記念日。
正月には、新たな希望、自分自身や人間が持つ無限の可能性を感じる。
終戦記念日には、人間の愚かさ、醜さと自分自身の無力を痛感する。
どちらも私にとっては大切な日である。
【追記】
わたしは、戦後生まれ、戦争の実体験は全くない。
正月と終戦記念日。
正月には、新たな希望、自分自身や人間が持つ無限の可能性を感じる。
終戦記念日には、人間の愚かさ、醜さと自分自身の無力を痛感する。
どちらも私にとっては大切な日である。
【追記】
わたしは、戦後生まれ、戦争の実体験は全くない。
2012年8月14日火曜日
20120814_じわじわと広がる脱原発の意志
福島第一原発事故の後、それでも原発は必要だという意見がの多さに正直言って驚いた。
冷静に原発維持派や原発推進派の話を聞けば、電力の安定供給、コスト、エネルギー安全保障など、彼らが心配する気持ちも多少はわかる。
が、どれも絶対的な理由にはなり得ないことを考えれば、最終的には脱原発を可能な限り早期に実現するというところに国民の意志は落着くと見ていた。
事実、菅内閣はその方向に動いていた。
ところが、野田内閣はおそらく官僚と産業界の意向を受けてのことだと思うが、原発の維持・推進へと舵を切ってしまった。
政権にあるものが、
「口ではうまいことを言いながら事を強引に進めてしまえば、原発の今後を維持・推進に持っていくことなんか簡単だ」
と、高をくくっていたのだろう。
大飯原発の再稼働を決定したあたりでは、
「しめしめ、やっぱり権力を持ったものが物事は決められるんだ」
そう言わんばかりの得意げな宰相の顔がテレビに大映しになった。
だが、そんなことがうまくいくはずがない。
ここに来て潮目が変わりつつある。
まず、春頃から続いていた首相官邸前の反原発デモが異例の盛り上がりを見せ、首相も無視することができなくなった。
首相、脱原発の代表と面会へ 抗議拡大で焦り
続いて全国各地で行なわれた意見聴取会や討論型世論調査では、脱原発派が他の意見を圧倒した。
討論型世論調査 「原発ゼロ」へ変わる意見
さらに8月12日に閉め切られたパブリックコメントに8万件を超す意見が集まった。まだ集計が済んでいないが、締め切り間際の駆け込みが多かったことから、脱原発の意見が多いと見られている。
原発意見公募に8万件超 比率3選択肢、専門家会合で検証へ (1/2ページ)
原発意見公募に8万件超 比率3選択肢、専門家会合で検証へ (2/2ページ)
そして静岡では、中部電力浜岡原発(御前崎市)の再稼働の是非を問う住民投票条例の制定を目指して市民団体が出した署名について、県選挙管理委員会が13日、16万5127人分の署名が有効だったと発表している。
有効署名数は16万5千人超/原発住民投票
明らかにいま、世の中の動きは脱原発に向かっている。
官僚、産業界に巣食う原発維持・推進派の連中は、慌てて政界工作に奔走していることだろう。
お盆休み明け、野田政権がどんな手を打ってくるのか注視しておきたい。
【追記1(20120814)】
NHKニュースを見ていたらこんな世論調査結果のニュースをやっていた。
原発依存“15%程度”が最多
無作為抽出の世論調査だと、やはり真ん中を選択する人がまだ多いようだ。脱原発を望むなら、やはりまだまだ頑張らないと目的達成はおぼつかないようだ。
少し風向きがよくなっただけで、浮かれていてはいけないということだな……。
冷静に原発維持派や原発推進派の話を聞けば、電力の安定供給、コスト、エネルギー安全保障など、彼らが心配する気持ちも多少はわかる。
が、どれも絶対的な理由にはなり得ないことを考えれば、最終的には脱原発を可能な限り早期に実現するというところに国民の意志は落着くと見ていた。
事実、菅内閣はその方向に動いていた。
ところが、野田内閣はおそらく官僚と産業界の意向を受けてのことだと思うが、原発の維持・推進へと舵を切ってしまった。
政権にあるものが、
「口ではうまいことを言いながら事を強引に進めてしまえば、原発の今後を維持・推進に持っていくことなんか簡単だ」
と、高をくくっていたのだろう。
大飯原発の再稼働を決定したあたりでは、
「しめしめ、やっぱり権力を持ったものが物事は決められるんだ」
そう言わんばかりの得意げな宰相の顔がテレビに大映しになった。
だが、そんなことがうまくいくはずがない。
ここに来て潮目が変わりつつある。
まず、春頃から続いていた首相官邸前の反原発デモが異例の盛り上がりを見せ、首相も無視することができなくなった。
首相、脱原発の代表と面会へ 抗議拡大で焦り
続いて全国各地で行なわれた意見聴取会や討論型世論調査では、脱原発派が他の意見を圧倒した。
討論型世論調査 「原発ゼロ」へ変わる意見
さらに8月12日に閉め切られたパブリックコメントに8万件を超す意見が集まった。まだ集計が済んでいないが、締め切り間際の駆け込みが多かったことから、脱原発の意見が多いと見られている。
原発意見公募に8万件超 比率3選択肢、専門家会合で検証へ (1/2ページ)
原発意見公募に8万件超 比率3選択肢、専門家会合で検証へ (2/2ページ)
そして静岡では、中部電力浜岡原発(御前崎市)の再稼働の是非を問う住民投票条例の制定を目指して市民団体が出した署名について、県選挙管理委員会が13日、16万5127人分の署名が有効だったと発表している。
有効署名数は16万5千人超/原発住民投票
明らかにいま、世の中の動きは脱原発に向かっている。
官僚、産業界に巣食う原発維持・推進派の連中は、慌てて政界工作に奔走していることだろう。
お盆休み明け、野田政権がどんな手を打ってくるのか注視しておきたい。
【追記1(20120814)】
NHKニュースを見ていたらこんな世論調査結果のニュースをやっていた。
原発依存“15%程度”が最多
無作為抽出の世論調査だと、やはり真ん中を選択する人がまだ多いようだ。脱原発を望むなら、やはりまだまだ頑張らないと目的達成はおぼつかないようだ。
少し風向きがよくなっただけで、浮かれていてはいけないということだな……。
2012年8月13日月曜日
20120813_ありがたい、ようやく解散総選挙が見えてきた。
ようやく解散総選挙が見えてきた。
今国会中(会期9月8日まで)か、10月解散説が有望であるとの報道が大勢を占めている。
野田政権が発足したのが、昨年9月2日であることを考えると、それ以前の解散はないだろう。自信過剰気味の野田氏が自らの政権が1年も持たずに崩壊することを絶対に容認するはずがないからである(本来は3カ月ほどで崩壊していた方が日本のためにはなったと思う)。
さらに、いま解散すれば総選挙で民主党が惨敗することは必至である。民主党執行部とすれば、できるだけ解散時期を遅くして自党に有利な局面が出てくるのを待ちたいはずである。所属議員の反発もかなり激しいものになるはずだ。
となると、解散は10月と考えるのが妥当だろう。
10月まで待てば、史上最悪の政権がいなくなる。ありがたいことである。
とは言っても、野田政権がいなくなればすべてうまくいくというものでもないことは確かだ。甘い幻想を抱いてはいけない。その後もしばらくは日本の政治的混乱は続くだろうが、さすがに野田政権以下はないだろう。
本命は秋解散=「近いうち」合意で観測-与野党
今国会中(会期9月8日まで)か、10月解散説が有望であるとの報道が大勢を占めている。
野田政権が発足したのが、昨年9月2日であることを考えると、それ以前の解散はないだろう。自信過剰気味の野田氏が自らの政権が1年も持たずに崩壊することを絶対に容認するはずがないからである(本来は3カ月ほどで崩壊していた方が日本のためにはなったと思う)。
さらに、いま解散すれば総選挙で民主党が惨敗することは必至である。民主党執行部とすれば、できるだけ解散時期を遅くして自党に有利な局面が出てくるのを待ちたいはずである。所属議員の反発もかなり激しいものになるはずだ。
となると、解散は10月と考えるのが妥当だろう。
10月まで待てば、史上最悪の政権がいなくなる。ありがたいことである。
とは言っても、野田政権がいなくなればすべてうまくいくというものでもないことは確かだ。甘い幻想を抱いてはいけない。その後もしばらくは日本の政治的混乱は続くだろうが、さすがに野田政権以下はないだろう。
本命は秋解散=「近いうち」合意で観測-与野党
2012年7月12日木曜日
徒歩のすゝめ
2週間ほど前、いつものように自転車で帰宅する途中のことである。
自転車の後輪が「キュインっ」という聞き慣れぬ音を発しパンクしてしまった。
道の側溝にできた隙間にタイヤがはまり込み、何らかの加減でそんなことになってしまったらしい。
そこでこの機会をとらえて、前々から頭の片隅で考えていたことを実行することにした。
つまり、自転車を廃棄して、今後近距離の移動手段はすべて徒歩とすることを決定したわけだ。
我が家は最寄り駅から1キロ半ほどである。職場まではおよそ2キロ。職場からいろいろなところで買い物をしながら帰宅しても歩く距離は2キロ半ほどに過ぎない。
よく考えればもともと自転車などという贅沢品を使っている方が間違っていたわけだ。そんなものがなければ、終日事務所に引きこもって作業しなければならない日でも4キロは歩くことができる。健康維持にはぴったりではないか。
そんなわけでおよそ2週間。徒歩生活を続けているのだが、やってみると10年ほど前に車を手放したときと同様、何も困ることがない。
2リッター入りのペットボトルを駅前のスーパーで買って帰るときはやっぱり重いかなぁ、と心配していたが、ちょうどいい訓練くらいの感じである。
しかも、たったの2週間歩いただけだというのに体調が思いのほか良好なのだ。
やはり人間は歩くようにできているということだろう。1日5キロや10キロ歩いた方が健康は維持できるのだと思う。
ところがこれから自動車業界は、超小型車を売り込むためにさまざまな戦略を展開しようとしている。
手軽な移動手段としてそんなものが普及したら、人間はいまよりももっと歩かなくなってしまう。一度便利さを味わうとなかなか手放せないものだ。
やがて歩く力が衰え健康を損なう人が続出することになる。
だから、歩ける人は間違ってもそんなものを買わず、もっと自分の足で歩くことをお勧めする。
自転車の後輪が「キュインっ」という聞き慣れぬ音を発しパンクしてしまった。
道の側溝にできた隙間にタイヤがはまり込み、何らかの加減でそんなことになってしまったらしい。
そこでこの機会をとらえて、前々から頭の片隅で考えていたことを実行することにした。
つまり、自転車を廃棄して、今後近距離の移動手段はすべて徒歩とすることを決定したわけだ。
我が家は最寄り駅から1キロ半ほどである。職場まではおよそ2キロ。職場からいろいろなところで買い物をしながら帰宅しても歩く距離は2キロ半ほどに過ぎない。
よく考えればもともと自転車などという贅沢品を使っている方が間違っていたわけだ。そんなものがなければ、終日事務所に引きこもって作業しなければならない日でも4キロは歩くことができる。健康維持にはぴったりではないか。
そんなわけでおよそ2週間。徒歩生活を続けているのだが、やってみると10年ほど前に車を手放したときと同様、何も困ることがない。
2リッター入りのペットボトルを駅前のスーパーで買って帰るときはやっぱり重いかなぁ、と心配していたが、ちょうどいい訓練くらいの感じである。
しかも、たったの2週間歩いただけだというのに体調が思いのほか良好なのだ。
やはり人間は歩くようにできているということだろう。1日5キロや10キロ歩いた方が健康は維持できるのだと思う。
ところがこれから自動車業界は、超小型車を売り込むためにさまざまな戦略を展開しようとしている。
手軽な移動手段としてそんなものが普及したら、人間はいまよりももっと歩かなくなってしまう。一度便利さを味わうとなかなか手放せないものだ。
やがて歩く力が衰え健康を損なう人が続出することになる。
だから、歩ける人は間違ってもそんなものを買わず、もっと自分の足で歩くことをお勧めする。
2012年7月11日水曜日
大津市の中学生自殺を巡るネット制裁について
滋賀県大津市で昨年起きた中学生の自殺。
大津市中学生自殺、教師は対応放置、警察被害届受理せず
一部の同級生が自殺した生徒に行なっていた暴行をはじめとする数々の犯罪行為。それを知りながらやめさせようとしなかった教師と学校。生徒が自殺した後の大津市教育委員会のいい加減な対応。自殺した生徒の父親が申し立てた訴えを受理しなかった大津警察署。「遊びの範囲だった」と犯罪行為をごまかそうとする同級生の保護者たち……。次々に驚くべき事実が明らかにされている。
報道を見るかぎりでは、一部の同級生が行なっていた暴行などの犯罪行為が自殺の原因と思われるが、まだはっきりと結論は出ていない。
しかし、一人の中学生が自殺するという事態の重大さをまるで意に介さないかのような関係者の傍若無人ぶりにネット民がぶち切れてしまった。
ネット上には、自殺した生徒を暴行していた同級生の実名と写真、その両親や親族の実名と写真、担任教師の実名と写真、学校長の実名と写真などが多数アップされている。
おそらく彼らはいま、世間の冷たい視線を浴び恐れおののいているだろう。
ネット上に個人情報をばらまく行為の善悪についてここではあえて触れない。その代わりにわたしが得た教訓を書いておく。
これからの時代は、一般大衆を怒らせるような真似をするとネットを使って社会的に抹殺されかねないから気をつけろということだ。
万が一、自分や関係者が何かをしでかしてしまいネット制裁を受けそうになったら、それを防ぐ手立ては一つだけしかない。
逃げたり、ごまかしたりせずに、認めるべきは認め、謝るべきは謝り、反論すべきは反論する。それだけだ。
おそろしいことになったものだが、正義、不正義という概念が大きくゆがめられてしまっている現代においては、このネット制裁は一概に否定できない現象なのかもしれない。
※ネット制裁
こういう言葉が一般的なのかどうか知らないが、自分としては最もしっくりくるので使用した。
※いじめという言葉
いじめと犯罪行為を区別するべきと考えているため本稿では「いじめ」という言葉を使用しなかった。常に問題とするべきは行き過ぎた行為である。学校内で起こる生徒同士のもめごとは絶対になくならないしなくすべきではない。子供はそれを乗り越えることによって社会性を身につけていく。行き過ぎがないかどうか監視するのは、学校、教師、親、そして地域社会の役目だ。
大津市中学生自殺、教師は対応放置、警察被害届受理せず
一部の同級生が自殺した生徒に行なっていた暴行をはじめとする数々の犯罪行為。それを知りながらやめさせようとしなかった教師と学校。生徒が自殺した後の大津市教育委員会のいい加減な対応。自殺した生徒の父親が申し立てた訴えを受理しなかった大津警察署。「遊びの範囲だった」と犯罪行為をごまかそうとする同級生の保護者たち……。次々に驚くべき事実が明らかにされている。
報道を見るかぎりでは、一部の同級生が行なっていた暴行などの犯罪行為が自殺の原因と思われるが、まだはっきりと結論は出ていない。
しかし、一人の中学生が自殺するという事態の重大さをまるで意に介さないかのような関係者の傍若無人ぶりにネット民がぶち切れてしまった。
ネット上には、自殺した生徒を暴行していた同級生の実名と写真、その両親や親族の実名と写真、担任教師の実名と写真、学校長の実名と写真などが多数アップされている。
おそらく彼らはいま、世間の冷たい視線を浴び恐れおののいているだろう。
ネット上に個人情報をばらまく行為の善悪についてここではあえて触れない。その代わりにわたしが得た教訓を書いておく。
これからの時代は、一般大衆を怒らせるような真似をするとネットを使って社会的に抹殺されかねないから気をつけろということだ。
万が一、自分や関係者が何かをしでかしてしまいネット制裁を受けそうになったら、それを防ぐ手立ては一つだけしかない。
逃げたり、ごまかしたりせずに、認めるべきは認め、謝るべきは謝り、反論すべきは反論する。それだけだ。
おそろしいことになったものだが、正義、不正義という概念が大きくゆがめられてしまっている現代においては、このネット制裁は一概に否定できない現象なのかもしれない。
※ネット制裁
こういう言葉が一般的なのかどうか知らないが、自分としては最もしっくりくるので使用した。
※いじめという言葉
いじめと犯罪行為を区別するべきと考えているため本稿では「いじめ」という言葉を使用しなかった。常に問題とするべきは行き過ぎた行為である。学校内で起こる生徒同士のもめごとは絶対になくならないしなくすべきではない。子供はそれを乗り越えることによって社会性を身につけていく。行き過ぎがないかどうか監視するのは、学校、教師、親、そして地域社会の役目だ。
2012年6月17日日曜日
大飯再稼働によって関西が計画停電に陥る危険性が増大した理由
野田首相が「国民の生活を守るために再起動すべきというのが私の判断」と言い、それに調子を合わせた西川福井県知事と時岡おおい町長が再稼働を容認し、大飯原発は再稼働した。
さて、果たしてこれで本当に今夏の電力需給は改善され、関西圏で計画停電が行われたり、需要が供給を上回ってしまい大停電に見舞われる危険は減少したのだろうか。
確かに大飯再稼働により電力需給がいくぶん改善されることは間違いない。
が、政府が早い段階から「再稼働ありき」という姿勢で物事を進めたため、大飯原発を再稼働したにもかかわらず『計画停電や大停電の危険性は逆に増大』というおかしな事態に陥っていると私は見ている。
福島第一原発事故が起こって以来私たちは、原発のことをいろいろ学び、それがおそろしく厄介なものであることを知った。福島レベルの事故でさえ非常に珍しいものではなく、巨大地震や津波、あるいはテロリストによる攻撃などで、簡単に起きる可能性があることも露呈した。
加えて、事故でなくても小さなトラブルや機器の異常が起きれば原発はすぐ止まってしまうデリケートなものだということも、一旦止まったら点検やら何やらで再稼働まで数週間単位の時間がかかることも知った。
今夏、大飯原発で何らかのトラブルが起こり、再稼働したばかりの3、4号機が停止してしまう可能性は0%ではない。安全のため一旦停止しなければいけない程度の地震がある可能性も0%ではない。
そうなった時はまさしく緊急事態である。
たとえば大飯原発を再稼働させず、節電や供給力の積増し、他電力会社からの融通などを徹底的にやってオールジャパン体制を取っていたとしたら、「みんなでがんばって今夏を乗り切ろう」というモチベーションがもともと高まっているので、追加で火力発電所のトラブルなど多少の不測な事態が起こっても回避できる。
しかし政府が「原発ゼロでもなんとかするぞ」という姿勢をかけらも見せず、再稼働回避のための努力を全くしなかったことで、かなり多くの国民はしらけている。
去年はがんばって節電に努めた人も「熱中症になったらかなわん」とそれほどがんばって節電もしないだろう。工場やオフィスや商店も去年ほどはがんばらないかもしれない。去年は暑がりの私もだいぶエアコンを我慢したが、今年は快適に過ごすつもりだ。
そんな時に大飯原発がトラブルで止まったら……。
野田首相の一番の罪は原発の安全性をないがしろにしたことだが、あえてそこまでして守ろうとした電力の安定供給もかえって脆弱(ぜいじゃく)なものにした可能性があることをご本人は自覚しているのだろうか。
さて、果たしてこれで本当に今夏の電力需給は改善され、関西圏で計画停電が行われたり、需要が供給を上回ってしまい大停電に見舞われる危険は減少したのだろうか。
確かに大飯再稼働により電力需給がいくぶん改善されることは間違いない。
が、政府が早い段階から「再稼働ありき」という姿勢で物事を進めたため、大飯原発を再稼働したにもかかわらず『計画停電や大停電の危険性は逆に増大』というおかしな事態に陥っていると私は見ている。
福島第一原発事故が起こって以来私たちは、原発のことをいろいろ学び、それがおそろしく厄介なものであることを知った。福島レベルの事故でさえ非常に珍しいものではなく、巨大地震や津波、あるいはテロリストによる攻撃などで、簡単に起きる可能性があることも露呈した。
加えて、事故でなくても小さなトラブルや機器の異常が起きれば原発はすぐ止まってしまうデリケートなものだということも、一旦止まったら点検やら何やらで再稼働まで数週間単位の時間がかかることも知った。
今夏、大飯原発で何らかのトラブルが起こり、再稼働したばかりの3、4号機が停止してしまう可能性は0%ではない。安全のため一旦停止しなければいけない程度の地震がある可能性も0%ではない。
そうなった時はまさしく緊急事態である。
たとえば大飯原発を再稼働させず、節電や供給力の積増し、他電力会社からの融通などを徹底的にやってオールジャパン体制を取っていたとしたら、「みんなでがんばって今夏を乗り切ろう」というモチベーションがもともと高まっているので、追加で火力発電所のトラブルなど多少の不測な事態が起こっても回避できる。
しかし政府が「原発ゼロでもなんとかするぞ」という姿勢をかけらも見せず、再稼働回避のための努力を全くしなかったことで、かなり多くの国民はしらけている。
去年はがんばって節電に努めた人も「熱中症になったらかなわん」とそれほどがんばって節電もしないだろう。工場やオフィスや商店も去年ほどはがんばらないかもしれない。去年は暑がりの私もだいぶエアコンを我慢したが、今年は快適に過ごすつもりだ。
そんな時に大飯原発がトラブルで止まったら……。
野田首相の一番の罪は原発の安全性をないがしろにしたことだが、あえてそこまでして守ろうとした電力の安定供給もかえって脆弱(ぜいじゃく)なものにした可能性があることをご本人は自覚しているのだろうか。
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